読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

幸村の雪待日和

ゆきむらゆきまちのぶろぐ

ゴティックメードをみた

= GOTHICMADE = http://gothicmade.com/

 

 どこまでネタバレしていいものか悩むがもういろんなところで言及されていると想われるので気にしないこととする。

 公開前の情報やトリハロン王子のビジュアルからはスターシステムを使ったFSSのパラレルワールドなんかなーと思っていたのだが、蓋を開けてみればなんのことはない普通にFSS年表に挿入されるべきエピソードの一つであった。

 細かい考察は他の人に任せるとして、大まかに整理すると本作はレーダー王家とフィルモア王家、2つの王家が交互に皇帝となるとされるフィルモア帝国が成立するちょっと前のお話、ということになるようだ。コミックス十二巻末年表で言えば恐らく星団暦元年から980年の間である。舞台となるカーマイン・プラネットは言うまでもなくカーマントーであり、ドナウ帝国、というのも目眩ましであり実際のところは二重帝国化する前のフィルモア帝国なのだろう。ドナウ川→ライン川ローレライ→セイレーン→サイレン、というわけでまあ連想も可能な範囲ではある。

 連想と言えばカイゼリンはまんまカイザーリン=皇妃であり造形をみても一目瞭然なとおり女帝=エンプレスである。ただしのちのエンプレスと直接の関係はないようなので原型機のようなものかもしれない。

 原型機、といえばおそらく最後のほうに出てきたあれこれもそうなのかもしれないがあの辺まで来ると単なるFSSファンに向けたサービスなのかもしれないのでなんとも言えない。ちなみに物語の年代はその辺りに出てきた面白連中の会話(スタント遊星の周期)からも推定可能ではある。

 

 さておき、アニメーションとしての本作について言えば、100%永野護ワールドであった、ということに尽きる。もともとアニメ畑の人間であるが故に、キャラデがアニメに馴染まないということはまったくなく、画面には時としてジブリのような感触もある――が、その分背景の描き込み不足やアニメ映画としての尺の配分やシーンの繋ぎ方などにおける突き詰め不足(時間不足?)が気になったところもあった。

 しかし、ここぞというシーンにおける拘りは素晴らしいの一言である。この世界ではメカニックは、GTMはこれこれこういうルールで動くのでこういう見え方をする、というのがビジュアルや音響で統一された世界観に法って表現されている――ただし、それ故にいわゆるロボットアニメ的な爽快感や派手なアクションとは無縁だ。

 ここにある快楽は動きの快楽というより、むしろ世界観が余すところなく表現されているが故の「動きに込められた理屈を愉しむ快楽」であるとも言えるだろう。

 なので、FSSファン、永野護ファンならともかく、全く予備知識のない観客があれを楽しめたかというといささか疑問に感じなくもないのだが――ともあれ、個人的には目元がうるうるするほど楽しめたのでよかったです(小並感

 とりあえず、永野絵がまともに動いてるのを見るのはエルガイム以来なのでいろんな意味で嬉しかった(FSSアニメは結城信輝だったし――あれはあれで好きだが)と、そういうことで。